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2007年12月

それぞれの意見

今日、おばさんが母に『結婚式だけしてその後来ていただいた人たちにお茶のいっぱいも出さないなんてだめなんじゃないの?』と言ったらしく、母は姉と兄に相談していました。

姉と兄はこれまでも私の盾となり支えてくれて私のことをそして私のやりたいことを尊重してくれています。

実は式だけを近くの教会で挙げる事になった時『誰を呼ぶか、誰を呼ばないか』という話がありました。私は『家族だけで良い』と思ったけれども一人の叔母も呼びたくて、でもその叔母を招待したらその隣の叔父にもやっぱり声をかけなければ・・・という”しがらみ”が出てきたのです。

田舎なので近くにいとこや親戚、友達が居るのですが、私達の場合、夫の方は誰も来ないので慎ましく家族と地元のいとこに一応声をかけて、友達数人に声をかけてということになり、時間を書いた招待状を作ってだして夫と手渡しに行ったのでした。

招待状で『ドレスコードはありませんのでお気軽におこしください』という『ドレスコード』が皆分からず、また終わって写真撮影をして挨拶を簡単にし、祝い菓子をお渡しして、お礼は翌日に改めて二人でしようと計画していたのですが・・・。

そこで今日、姉と兄の意見を反映して改めて招待した親戚達にはっきりと言いに行ってきました。

  1. 式のみで、その後、お茶いっぱいも出せないのが心苦しいがそれでもよければ来てください。
  2. 正装ではなく、カジュアルな洋服で結構です。
  3. お祝いは一切いらない。

と言いました。一番最後にその叔母さん宅へ直接行って伝えたら『しきたりというものがあるし、無礼だ』『お茶の一杯も出せんのか』といわれました。確かにそうですが悔しくて、涙が出ました。のどの奥で『別にそんなに言われてまであなた達に来てほしいとは思いません。そうお思いであればこなくていいです』と思ったほど。そして心の中で「なぜ単純に私達の幸せだけを祝ってはくれないんだろう」と思いました。

帰りがけ悲しくて泣いてしまいました。家に帰ると母、兄、姉が慰めてくれ、『気にするな。何か言いたい性分だから。お前達はお前達の信じる道を行け』といってくれました。

それから夫の待っている部屋へ入るなり、子供のように泣いてしまったら「どうしたの?」と心配し、なだめてくれました。そして『何で一人で行った?僕が一緒に行ったのに。今度は一緒に行こう』といってくれ、『そういう親戚はどこにでも居るし、きっとどんなにパーフェクトだと思っても何かしらの欠点を見つけてそれだけをずっと言い続けるだろうからどんなにがんばっても一緒なんだよ。そんな人たちのことは気にせず、すぅのママと家族を大切にしようよ。』といってくれたとき、何か兄や姉と同じような存在でこれからこの人と一緒になるってとても心強いなと思えました。

来てもらう人には本当に申し訳ないくらいあっさりした結婚式ですが本当にお祝いしてくださろうとしてくれる人々たちとの時間でありますように。

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招待状と引き出物と引き菓子

まだ出来上がらない招待状。手作りなので後は中紙を本紙に糊付けし、リボンをかけておしまい。なんやかんやしてたらもうDがあさって来日しちゃう・・・。だったら彼と一緒に最後の仕上げをしてハンドデリバリーにしちゃおう。お式しかしないし、いいかな。

引き出物はずっと「結婚式をしたらこれを引き出物にしよう」というものを購入しました。みんなに喜んでもらえるかしら?

式だけに出席していただく親戚や友人がいるため、引き菓子とでももうしましょうか、お菓子を小箱に入れてお渡しする手配もしたり・・・

結婚式って簡単にぽいっ!っては出来ないのね。

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ドレス

ヒンズー教のDと結婚することで『ウェディングドレスは一生着れないんだろうなぁ』と思っていた私ですが、今回、教会で式を挙げることになったのでドレスを買いました。

ドレスを買ったいきさつはもうご紹介しましたのであえてしませんが、そのドレスがお直しされて今日届きました。

ある意味、短時間でさっくりと購入してしまったため、大切なディーテールを覚えていなかった私。これで後々後悔する事も多く、今日届くまで内心はらはらどきどきしていたのです。

1時半頃、宅配便が届き、早速母に『ねぇ、下の家で(我が家は2件あるのですが)あけてみようよ』というと、母は『埃がするとだめだからあけないように』といわれ、我慢していたのですが夕方、どうしても耐え切れず開けちゃいました。

感想は・・・

『思っていたよりも遥かにシンプルで可愛い!』

でした。大満足です。中に着るバニエ、手袋、靴も届き、一人しみじみ『もうすぐだな』と思いがけなく買った夢に見た自分のウェディングドレスの前に座って考えていました。

きっと母はウェディングドレスをまだ見たくなかったのだなと思います。だって彼女の末っ子のお嫁入りで寂しいんでしょう。

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日本での結婚式 (パーティ会場)

ビザも取れ、いよいよ本格的に日本でのお式のプランを固めなければいけません。

最初は、家族だけでディナーという形でしたが友人でありフォトグラファーであるマーティンがちょうど日本に居て写真を撮ってくれるようになったのでちょっとお洒落にしたいと欲が出始めました。そこでするはずがなかった「プチ披露宴」を行うことにしました。

実は、先日遊びに来てくれた美香ちゃんと温泉めぐりしていた時、兄から「あそこの温泉、リフォームしていいから行って来れば?」といわれ、ホテルに行ったのです。そしたら海に面する大きなガラスとちょっとリゾートっぽい開放感があり一目ぼれしたのです。(温泉ではなく、雰囲気に。)

悩みに悩んで先日、レセプションとパーティの契約をしてきました。

アレグリアガーデンズ天草で決定。当初はざっくばらんに「食事会」でしたが今はちゃんとしたパーティになりそうです。(欲が出て・・・)

会場は海が見えるカメリアというレストラン。レストラングランマールの約半分ほどの大きさのこじんまりしたものです。

一ヶ月切りました。がんばりましょう!

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ビザの取得

さて、無事に配偶者ビザを取得しました。

2007年11月8日よりビザの申請方法が変わり戸惑いました。

まず私が行ったビザへの道のりを書きます。

1)氏を変えたために生じたパスポートの名前変更へ。(この時も夫の氏がヘボン式でRとなるため、夫のパスポートを至急FedExで送ってもらい、パスポートと夫のパスポートと戸籍抄本3点を提出してOK)

2)さて「申請しよう」と思っていた矢先、英国大使館のHPを確認。そこでビザの申請方法が変わり、郵送を受け付けないとあり、撃沈。そこで新しくしてされた英国ビザ申請センターのHPを確認する。だけど家にアドビがないため申請用紙が見えなくて、大変困る。

3)隣町のインターネットショップでアドビを使って詳しく読む。毎日微妙に文章が変わっているではないか。それによりさらに困惑する。特に(今日確認したらもう存在していないが)「ウェブページで申請し、その申請用紙を印刷しアプリケーションセンターまでおこしください。」とあったので2時間ほどかけてウェブの申請(VAF4)を作成した。この時、夫が別国で生まれた場合、「イギリスに入ったのはいつか、いつからその許可を得たか」という項目があり、それを入力しないと次のページにはいけないのだ。ケニアで生まれた夫が何年何月何日にイギリスに入る許可を得たか(入国した日でよいんだよね?ってことで)という事を聞かなきゃ・・・というのでロンドン朝4時に夫と物覚えのいいママをたたき起こして聞いた。申し訳なかった・・・

4)必要な書類を集める&確認

  • 写真 1枚 35mm x 45mm カラー
  • プリントアウトした申請用紙 1部(サインはパスポートと一緒)→これはいらなかったのかもしれません。センターでもこれより↓のほうを受け取られました。
  • (念のため)別の手書きした申請用紙 1部(ウェブとは少し違い、ウェブで書ききれなかった情報を詳しく書くため。)
  • 財務証明 銀行の借り入れ証明半年分 オリジナル&コピー (私のもの3行分(ロイズ、シティバンク、みずほ)と夫の1行分(マイナスでしたが。))
  • 銀行からのモーゲッジペイメントのレター オリジナル&コピー(上記のマイナスの明細に彼がモーゲッジを毎月払っているという証明が載っていたのでだしたのです。→何事もアセットですから。)
  • 夫と私のそれぞれの在職証明。オリジナル&コピー
  • 夫と私のペイスリット数枚。オリジナル&コピー
  • 同居している証明 フラットの住所が載ったBTの領収書や、バンクステートメントの住所のところにポストイットを貼って記す。オリジナル&コピー (これは申請書の一部に二人の関係の継続を細かく書く部分があり、すでに同居していると書いたためその証明として入れておきました。)
  • 日本で籍を入れたので戸籍抄本 1部
  • これまでの二人の関係を証明するもの オリジナル → 私は2002年~現在に至るまでの二人の写真をポケットアルバムに30枚ほどと物持ちのよい夫が取っておいた日本訪問時のエアチケット数枚、Email(画面コピーと見られても差し支えない物5枚ほど)、旅先で送ったポストカードや手紙に切手と消印がついたもの。10枚ほど。
  • 現パスポートと古いパスポート 顔写真のページはコピーが必要です!
  • 現金12万円

をもっていざ東京へ! 東新橋のアプリケーションセンターへ9時ごろ到着。中にはがらんとしてました。番号札を取って呼ばれるまで待ちます。ドキドキ。あぁぁ、うまくいくかなぁあ。

番号が呼ばれ、カウンターへ。そこで申請書と必要書類の確認がされた。ものの5分ほどで終わり、次の指紋採取のコーナーでまた待ち札をとって待つ。呼ばれて、指紋採取10本と写真を撮り終了。控えをもらいとてもシステマティックでした。そして最後に

私:「だいたいどれくらいでビザをいただけるのでしょうか?」

センターの人:「そうですね、セトルメントだと大体2週間から3週間くらいですね。」

私:(心の中で)『え???? まずい・・・金曜までしか東京居ないんだけど・・・HPでは月曜に申請すると木曜日には下りますって書いてあったよね???』

私:「すみません、私、地方の出身なので郵送していただけますか?」

センターの人:「今、まだ宅配便のシステムが構築されておらず、もしご本人が取りにこられない場合は代理の人に委任状とこの控えを持たせてください。ビザの状況は当センターのウェブで確認できますので」

との事。なんて地方に優しくない都会人・・・くすん。

ちょっと落ち込んで帰途に。翌日からインターネットカフェでビザ状況を確認するにも最後に言われた『当センターのウェブで確認できますので』って言うのがない、ない!!!どこ?どこで私のビザができたかどうかわかるの???と困惑。

控えにも何も説明がないし、仕方なく木曜日に携帯では簡単につながらないアプリケーションセンターではなく、英国大使館の査証部へ電話しました。とてもいい方で最初はアプリケーションセンターの番号を教えてくださったのですが、私の疑問の「実は月曜日に申請をしてそのビザの状況がウェブページで分かるとおっしゃったのですがどこだか分からなくて・・・」と伝えると大使館の方は「あ、ありますよ、英語のページの『Track your passport』というところで見れますよ。」との事。

え?日本語のところばかり見ていた私。日本語と英語と微妙に違うって思わないじゃないですか、普通??? そこであわててそのTrack your passortに控えのリフェレンス番号と自分の誕生日を入れたら

Your application is ready for collection.  Please visit application centre where you submitted your applicaion.  Ready on 5/Dec/2007.

とあるじゃありませんか!! 3日の午前中に申請して5日にはできてたの???ってとても早くないですか???何か問題あったかな???と小心な私は金曜日の朝に行きました。

白い袋に私が出したオリジナルの書類や写真とパスポートに貼られた2年のビザ。

ちょうどセンターを出た頃、夫から電話があり、うれしいニュースを伝えました。

これで晴れてロンドンへ帰れます!あぁ、夫婦ですよ。おほほ。

これからビザの手続きをされる方、がんばってくださいね!

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