D家族

何故ゆえにあなたが?

ママがパニックをおこしていてキーキー訳の分からないことを言っています。

ただでさえみんなカリカリしているのにママが予定にもないようなことをしだそうと(違うお祝い)するので夫と姉から頭ごなしにしかられています。

全てのことは夫と私で計画し、執行しているので

『何ゆえママが今頃パニックですか?』

とかなりクールに思えちゃう私。

土曜日(式前日)私がホテルに泊まるのも気に食わない、だけどその日に行われる前祝は夫の家族や親戚が夫のために行うので私は居ることができないというので私はホテルを予約したんですが。そんなこともすっかり忘れて文句をおっしゃる。

今度は姉が私のメイクの人から髪をセットしてもらうので前日からホテルに泊まろうかなという話になったとたん、ママはキッチンで洗物している私の横で『何で娘があなたと一緒にとまるの?そうすると当日は私一人がDの足をあらったり、お清めの用意をしなきゃならないのよ。』ときた。

私、疲れてますから非常に冷たい。返事は『もし娘(姉)が必要だったらそう直接彼女に言ってください。別に私は一人でホテルに居てもかまわないんですから。』と。

逆切れに弱いママ。しばらくして姉に大人しく聞いていた。でも姉は『私が居なくてもできることなんでしょ?なんでママがパニックになるのか分からない』と一蹴。さすがに血のつながりがあるのは強いねぇなんて。

ママ、あなたは借りてきた猫のように当日何もしなくてかまわないからヘッドテーブルに私達と並んでご飯食べるだけでよいですから・・・と一同思う毎日。

悪いけど誰もあなたに何かして欲しいとは思ってないのです。

ただただエンジョイしてくださるだけでよいのです。余計な事はもう言わないで・・・

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親戚達

昨日、私がまだ仕事中だったころ夫とパパがウメッシュ叔父宅へ足を運びました。そこで先日のママの電話の件の謝罪と結婚式出席の有無を伺いにいったのでした。

しかし帰ってきた夫はそのまま2階のPCルームへと駆け上がり、様子が違いました。それだけでウメッシュ叔父とのやりとりの良し悪しが分かりました。

そっと扉を開け、彼の顔を見ると辛そうでした。『話したくなければ話さなくてもいいよ』とはじめると少しずつですが話してくれました。少々気持ちが高ぶっていたのか話が前後してしまいましたがウメッシュ叔父が言った事をかいつまんでみると

  • (恨みは)4年前に遡り、夫にとっては祖母、パパとウメッシュ叔父にとっては父のお葬式の際、最後に家族がスピーチをした際、夫の発言が尊敬する父に対する侮辱だったということ
  • 上記により、ウメッシュ叔父は夫へのリスペクトがまったくなくなり、未だにゆるせないらしい
  • 10日後の結婚式には『尊敬する兄(パパ)のために出席するが、夫の為では全くない。夜のレセプションへは出席しない。』
  • 夫の態度が更にパパとその兄弟達への隔たりを作っている
  • ママのこと
  • なぜ祖父がパパを勘当したかという真相(ほのめかし)

パパ兄弟を引き離していたのはパパでもなければ祖父でもなく自分が良かれと思って言った(少し忘れている)祖父に対するコメントだったということで夫はショックを受けていました。言う側は夫のように悪意がなく言って忘れるのだけれども、コメントされた側はずっと覚えていますよね。

夫に『違うんだったらちゃんとあなたの気持ちを説明した?』と聞くとちゃんとウメッシュ叔父の意見に対し、自分の気持ちを伝えることはできたようです。

夫は『なぜ昔のことをその時に言わずに結婚式10日前に伝えなきゃならないんだろう』と言っていました。確かにそうですが叔父にとってはタイムリーだったのでしょう。私は最初聞いたときは『叔父は夫をまだ甥だと思っているからこそ今までのことを清算してこれからの将来を築きたいと願ったのではないか』と思いましたが夫のとり方は違いました。

また叔父達はママのことをよく思っていませんがそれを『お前の母親の行動を見てみろ』と夫に言ったようです。確かにママは少し考えもなく(この前のように)取り返しのつかない事をしたり、押しがつよく、古い考えの持ち主ですが決して悪い人ではありません。ママの事まで引き合いに出された夫が怒るのも分かるような気がしました。

色々書いても仕方ないのですが私は叔父が今までたまってた家族の鬱憤を結婚式10日前となりましたがいい機会だったので吐き出したと思っています。ここで私が思っているように過去を清算しお互いに歩み寄るのか、それぞれの道を歩き出し(今までもばらばらでしたが)『親戚』というカテゴリーを排除し歩き出すのかは夫に任せます。

彼の人生で親戚というのは一番近く一番遠いものです。この関係を彼は良くなるようにと結婚式を設けたかったのだと思います。しかしそれは両親とその兄弟の関係修復ではなく、原因が今自分であったことを知って戸惑っているようです。しかし彼の行動前(10年以上も疎遠)から色々な積み重ねがあり、その延長戦に夫の4年前の発言、叔父の死、結婚式と重なったのだと思います。

彼がどうしたいか彼の意見を尊重します。そして彼の人生で悔いが残らないように私達はまっすぐ決めた道を行くだけなんですよね。

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続・親戚まわり

ここ毎週末、毎晩とD親戚を訪問しています。

毎回『30分で終わるから』と意気込んでいくものの2時間、3時間・・・いつかえるのかなぁぁぁぁと思いながらおじさんやおばさん家族とまったりお話しています。

だからとても効率悪く、一日に一軒しか訪問できないのです。

それも残すところ(ロンドンでは)二軒となり、今日と週末で一段落しそうです。

夕食を食べてからの親戚周り、毎回お腹がチャプンチャプン言うくらいチャイとビスケットをいただく私たち。でもD両親は久々に疎遠になってた親戚(パパにとっては妹弟)にあえてとても嬉しそうです。

あとは気にしていたよりも皆が受け入れてくれています。『日本人』というと『ほーっ』と言われなんとなく安心されます。そこに『仕事は○○してる』とか言うと更に『ほーっ』といわれ、オフィスワークは彼らの中ではドリームワールドみたい。笑。

Dのいとこはとても美男美女ばっかり。おメメはぱっちり、髪は少しカールしてて、手足が長い。胴長短足の私は子供に期待しちゃいます。子供ってとても可愛い。

来週末にパパとママがインドへ24年ぶりに帰ります。あわただしい毎日ですが頑張ります。

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親戚まわり

日本での結婚式の余波で今度は夫と両親の『結婚式モード』に拍車が掛かりつつあります・・・。

そして先週末よりパパ側の弟妹宅(いとこ)へご挨拶に回り始めました。

一つ前置きしておきますと、夫家族はパパがD家長男にも関わらず何らかの理由で家督はとらず(=祖父母に勘当さればらばらになったのです)インド家族では珍しい親戚づきあいがとても少ない(=ほとんどなし)核家族です。

勘当され、親戚付き合いが無いといってもパパ弟妹は目と鼻の先に住んでいますので一応挨拶へ行く事になりました。

日曜日に早速パパの直ぐ下の弟さん宅へ行ってきました。とてもビックリしたことにD家から歩いて5分以内の圏内に居るのです。しかも広くて綺麗なお家でした。

叔父・叔母ともに思ったよりもあっさりと受け入れてくれ、終始和やかに過ごせました。しかし話しに聞いていた通り

『結婚式は勿論300名以上は招待するんでしょ?』

『ちゃんと○○さんちは孫までよばなきゃ駄目よ』

『場所は決まったの? ○○(場所名)がいいわよ。』

などとアドバイスといいましょうか、お節介と申しましょうか、色々なインド的結婚式のあり方のアドバイスをされましたが、夫Dは全く聞き耳持たず。終始静かでした。

理由はやっぱり両親が祖父母から勘当されて窮地に立ち、貧しさに耐えていた時に今『家族とは・・・』と平然と語る叔父や叔母に対し『あの時何も助けてくれなかったくせに』という気持ちがあるからでしょうか。またはその叔父宅は本当はパパのものになったという無念さからなのか分かりませんが。

さて今夜はまた違うウェンブリーに住む(実家から車で10分)の叔父宅へ伺う予定です。

日本で親戚の事では既にディプロマティックな問題を経験している私なので今度は夫の親戚が何か言ってきた時には盾となろうと思います。

本当に私達を祝福してくれる人たちを招待したいけれど、ボーダーラインを引くのがとても難しいことも了解済み。さてどんなドラマが繰り広げられますやら・・・。

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承諾

10月10日(水) 

仕事後、Brent・タウンホールに日本での婚姻届に必要なCertificate of Impediment を申請しにいく予定だったのが、Dが「すぅ、これって違う書類だよ、これって『僕らが日本で結婚する時に必要』なんだってよ」と。

「そうですけど・・・」

「え?僕達、オフィシャリーに結婚するって事?一人でやるってこと?」

と言われ、最後の最後にビビリが入り、言い合いになりました。

10月11日(木) 

Dと自宅と仕事場の真ん中のフィンチェリーにて話し合いの場を持つ。数時間、筋道をたて、順序良く最後の説明。これでもまだ決心が付かなかったら「こういう男に人生を預けられない」ときっぱり別れよう、と思った。

最後に「一旦、言ったからやろう。両親へは明日言って、来週、姉宅を訪れて正式に発表しよう。」と言うことになる。

10月12日(金)

ディナーが終わり、そわそわし始める。そして漸くDが、グジュラティで話し始める。(何となく分かるが知らんぷりでTVを見てた、私。) 段々と英語交じりになり、話し合い風になってくる。両親も既に1年以上、私とDが一緒に住んでいるし、その当本人が同じ場所に座っているのでなかなかきつい事は言えないようだ。Dが「すぅはいい人? 悪い人? 嫌いなの?」と刑事のように(彼は私を真似したといっていた)問いただすと両親が本心を話し始める。

  • 離婚は許さない
  • 協力をしてほしい → これは色々な意味が含まれます。
  • 宗教を尊重するように
  • 同居・・・ Dが「同居はしないが出来るだけの事を助けます!」ときっぱり伝える。

これをうだうだx10話し合い。そしてぴっくりしたのは、私が両親に許してください!というスピーチを行わなければならなかったのだ。びっくりしたがちゃんと両親の気持ちを汲んで、Dの気持ちを考えいえたと思う。

ママのコメント

「もう私も年、Dもこれからまたインド人の女の子を探すとなると年齢的にも無理があるからさっき言った事を尊重してくれるならOKとしましょう」

パパのコメント 

「Dともう1年以上も一緒に住んでいるし、仕事もちゃんとして自立できているし、とてもいい子だと思う。本当に我が息子で後悔しないかい?(私、YESという)じゃぁ、二人で一緒に生きていきなさい。そして何か問題が起こったらまず二人で解決するように努めなさい、そして絶対他人には言わないこと。これは多くの誤解と、噂と悲しみを招くからね。これだけ約束してくれたら承諾するよ。」

と。泣けました。特にパパは最後の最後まで口をへの字に曲げて言葉を発しなかったので最後の最後に笑顔と英語で私に話しかけてくれたのでとてもパーソナルで。

OKが出てDと二人で散歩をしました。二人とも何も言わず、そして開放感を感じていました。

これから漸く始まるんだね。

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文化の違い

このブログでは出来るだけ愚痴は書かないつもりです。だからメモとしてどういう現状にあるかだけを記そうと思います。

両親宅へ滞在していますが、なかなかDが話そうとしません。それはいいのですが、昨日、いつものようにキッチンで夕飯の支度のお手伝いをしていたらママから

「週末、いとこが遊びに来るって電話があったのよ。だから日曜日だったら・・・と言ったの。」

と。その言葉の含みとして

「日曜日にはここ(実家)にいるのかしら?」

というものがありました。インド文化では結婚・婚約が成立するまではいとこや親戚に紹介してくれません。特にD家ではまだまだ保守的で今でもって同じです。だから私はまだ彼らの親戚やいとこには紹介すらされていません。そこへ今週末ママ方の甥が遊びにくるというので私に聞いてきたのです。

色々な会話でママはインド人内でもグジュラティ地域以外の人たちとのMix結婚も容易に受け入れられないという印象がうかがえます。

色々な方々から「大丈夫ですよ」と力添えを貰って、心の支えになっています。

しかし、まだまだ前途多難のようです。

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両親に伝える

昨日とうとうDが両親に

I think Sue and I will get married.

と切り出したそうです。(think=だと思う、という感じが気になりますが。)

それから2時間尋問だったらしく、9時半からウェブカムで話したときの彼のやつれよう。

可哀想でしたが仕方ありません。両親はあまりビックリした様子も無く、普通の親が心配するような事+インド的コメントがあったようです。

思い出に残るように記しておきます。

  1. 文化の違いの事
  2. D家はインド人以外(しかもグジュラティ・ヒンドゥーというかなり小さい枠)の婚姻はDが始めてなので心配
  3. お金
  4. 将来
  5. 離婚
  6. 子供
  7. 同居
  8. 宗教色が薄れることへの懸念

という事をどう考えているのかと聞かれたようです。これらは私の想定内の質問だったので驚きませんでしたがDはそんなQAに備えていなかったらしく、かなりお疲れでした。

とりあえず本人同士がよければいいけどとはっきりOKは出ませんでしたが、今週末両親宅へ行き、ご挨拶の予定。

これから色んなところで意見が食い違いそうですが、二人で上手く乗り切れるように頑張らなければ。

という事で漸くスタートが切れそうです。

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